こんにちは、イロタカです。
スケジュールが立て込み、すっかり更新が遅れてしまいました。
今年中に今年の内容は更新しますので、読んでいただけると嬉しいです

8月の性を探求する場性を探究する場SEEX 10は、カストリ書房見学を実施しました。


■カストリ書房とは
遊廓・赤線・歓楽街といった遊里史に関する文献資料を専門に販売する書店。
それまで幻とされてきた『全国女性街ガイド』の発掘・復刻や、新刊として全国の旧遊廓・赤線地帯の街景と室内を撮影した写真集『遊廓 紅燈の街区』を個人制作されるなど、取材から販売までを手掛けていらっしゃいます。
IMG_4759
カストリ書房入口。看板に赴きあり。


「…私が好んで止まない「遊廓・赤線」というテーマに対して、私ができ得る(かもしれない)最大の貢献として、調査にとって有用となる文献の発掘と復刻をすることにしました。個人単位では到底さばききれない調査対象数があり、研究者でもなく研究組織に属さない自分では組織化も難しい。ならば、自分が有用な文献を復刻し、それを届ける。文献を手に入れた方達が、これまで以上の調査が可能になることを期待しました。(なによりもこれまで以上に「楽しい調査」となることを期待しています)」(カストリ書房公式サイトより引用)
 
セックスミュージアム設立準備員会は現在、SEEXという機会を通じて日本にある性に関する資料展示の現状を調査していますが、資料保存の大変さを分かっているだけにこの文章を読むだけで胸が詰まります…尊い…(イロタカ個人の見解です)。
資料室見学を中心にいろいろお話を伺ってまいりました。



■吉原遊郭をめぐるガイドツアー
いつものSEEXの前に、カストリ書房さんが実施されている吉原遊廓をめぐるガイドツアーに参加しました。一見普通の風俗街に見える吉原を、カストリ書房の店主である渡辺豪さんが吉原遊廓の痕跡を紹介するツアーです。

【吉原遊廓】日本唯一の遊廓専門書店長と歩くディープ街歩き 割引券付!


何も考えなければ素通りしてしまう、小さな痕跡を丁寧に読み解いていく渡辺さんの言葉に、見えている世界が変わっていきました。
不自然な段差や、何気なくある交番に理由があるなんて。吉原の地域そのものが、渡辺さんの言葉によって展示物に変わっていくのを感じて、内心はしゃぎっぱなしでした。

気になったことを質問すると渡辺さんからより多くの情報を聞き出すことができ、何でもかんでも聞きたくなってしまいました。どこまでこの方は探求されているのだろう…
IMG_4726
何気ない段差に理由があることが分かると、小さなことがすべて気になりだします。


ツアーの後、カストリ書房内を見学させていただきつつ、店主の渡辺豪さんにお話を伺いました。




■カストリ書房の本の収集方法と本屋である理由

本来、本は情報を残すためにつくられたものですが、同時に最大の欠点は「パッケージングされたプロダクトとしての情報である」ということです。情報と人との関係は1対1で、販売した数と情報伝達できた数はイコールにしかなりません。

私は多くの人に遊廓の情報を伝えたくて、本屋という業態を選びましたが、自分で情報を収集していくうちに、遊廓に関連する情報は必ずしも書店や図書館にないことも多いという事実が分かってしました。

現代の図書館は、新刊発売された書店流通する本を逐次、収集、そして所蔵していく収蔵方法を取っているため、基本的に図書館の本は本屋に流通するものと同じになります。

しかし遊廓関連の情報は、各地方の団体の会報誌や組合誌、あるいは地方都市にある飲食店に配布されるミニコミ誌などに記述されていることも少なくなく、東京など中央の出版社がつくったマスをターゲットとする「広く浅い」本などよりも、関係者や地元エリアで流通する本にこそ「狭く深い」情報が含まれていることも、実は多いんです。

優れた文献のセオリーに、良い文献ほど良い文献を参照している、というのがあります。書き手の用いた資料を遡って、一次資料まで辿りつく、そこから新しい知見を見出すことが、どの研究にとっても大切な手法の一つだと思っています。

しかし、本屋という業態でそれは実現できません。先程挙げたような書店流通しない本は市場在庫も少ないため、入手そのものが困難です。運よく入手できたとしても、販売してしまえば、次に欲しい人が現れても売ることができない。冒頭述べたように、1対1の関係性にある以上は、情報がスケールしないんですね。

また利益面からも同じことが言えます。古書店などに高価な本が並んでいることがありますが、あれは市場在庫が少ないから高価であるわけですが、在庫が少ないということは、いくら高い値付けをしたところで、自店舗の在庫が1点ならば、「価格×1」にしかならず、利益は小さい。10万円の本を1冊売るよりも、1,000円の本を200冊売る方がいい。200冊売れるくらいの本なら、増刷してさらにスケールさせることができる。これも古書店というビジネスモデルの欠点だと思います。

そこで、書店に資料室エリアを併設することを考えました。書店エリアは新刊・古書店流通する本を販売する。資料室エリアは市場在庫の少ない貴重な本を並べて閲覧サービスとする。閲覧によって対価が発生するので、1冊の本で何万回でも利益を生むことができますし、また「売り切れなので資料が手に入らなかった」という不便をなくせる。情報とマネタイズが1対多の関係になる。
IMG_4761
カストリ書房には貸ギャラリーもあります。本屋の形態にとらわれていないようです。


■貧弱になりつつある遊廓のイメージ

ある物事の時間が経つほど、引き出せるイメージが固定されていくのは仕方がないことですが、遊廓も同じような傾向があって、「遊廓」と聞くと多くの人は、江戸時代をイメージする。言い換えると、江戸時代しかイメージできない。

遊廓というのは、全国規模で見ると明治の終わりから大正の初めくらいが産業としては最盛期だったのです。30年ほど前の世代にとって、その事は当り前に分かっていて、明治を時代背景とした創作も多かった。例えば、五社英雄の『吉原炎上』(1987)です。あれを江戸自体の話として勘違いしている人も多いですが。


現代の遊廓のイメージを作り上げた「吉原炎上」は明治時代が舞台の作品。


わずか四半世紀程度で、物事のイメージが狭まって、固定化されてしまうことも珍しくない。それは誰のせいでも無いのですが、一つ言えるのは、関連する情報をしっかり残してこなかった、残していてもアクセスできえるように整えておかなかったのが原因である、とは言えると思います。引いては、性に関する情報も同じことが言えると思います。

いま誰もが体感的に理解できていても、わずかな時間で誰もが分からなくなってしまうことがおき得る。誰もが分かっているからこそ、「残そう」という意志も生まれない。



■カストリ書房の目指す方向性

先程のお話とかぶるのですが、情報の大切な部分、コアな部分を突きつめつつ、情報を伝達するために新しく興味を持つ人をどう増やすか、興味持ち始めたビギナーさんに興味を深めるために、どう見せていくか。情報の収斂化とカジュアル化という相反するものを、どう舵切りしていくかが一番難しいです。突きつめていく作業は実はそれほど難しくないんです。一直線の作業だし、自分が楽しいですからね。


理想は、「遊廓の日常化」です。知ろうと思ったときに、すぐ知ることができる、これを実現したい。遊廓の歴史は民衆史、郷土史の一部でもあると思うからです。


7006C042-8E2A-4738-9344-0E936850BB13
このときは阿部定事件をモチーフにしたグッズのポップアップストアが開かれていました。


■カストリ書房に訪れる人たち

書房に来る人7割は30代前後の女性です。本を買って帰るのも女性、男性は何も買わないで帰る方が多いです。女性なのに遊郭に興味を持つのかと不思議がる人がいますが、女性だから興味を持つのだと思います。遊郭で働いているのは女性なわけですから、女性に女性が興味を持つのは当然です。

外国の方はあまりいらっしゃいません。いらしても日本語だけなので敷居が高いと思います。フランスの雑誌で取り上げられたため、それをご覧になっていらっしゃる方もいますが、春画と遊郭の差が分かっていないように思われます。外国の方にもぜひ来て欲しいと思っています。


■SEEXを終えて

遊廓の情報を伝えるための実践的な場として本屋を選択した渡辺さんの長期的な視野に、遊郭への深い愛を感じました。言葉が浅くなってしまうのですが、自分が理想とする「遊廓」ではなく、土地や人に根差した生の遊廓をしかと継承していきたいというその事実への誠実さに崇高なものを感じます。

これが作りこまれたおっさんの冗談を連発する、Twitterにいる渡辺さんと同一人物だなんて(笑) 熱い思いとお茶目さが同居するめちゃくちゃカッコいい大人だなと思いました。絶対モテるな…(イロタカ個人の見解です)

今回のSEEX参加者は興味関心の異なる人々が集まっていたのですが、知的好奇心が旺盛な方ばかりで、その後の自由時間は本を片手に思い思いの話を繰り広げていてそれぞれ新しい気付きを得られたようでした。ハイレベルな知の交流でした、尊い…最高…渡辺さん本当にありがとうございました。



カストリ書房
営業時間:11〜18時 定休日:月(祝日は営業、臨時休業あり) 〒111-0031 東京都台東区千束4-39-3 ※駐車場なし(近在にコインP有
http://kastoribookstore.blogspot.com/